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2009年01月 アーカイブ

2009年01月01日

ガンパレード・マーチ

小カトー・タキガワ
父親は『ガンパレード・マーチ』の滝川陽平と石津萌の間に生まれた子の子孫であり、母親は加藤祭と狩谷夏樹の間に生まれた子の子孫でもある。見た目や性格は滝川によく似ている。髪の色がピンクなのは先祖代々続いた伝統で、いつか現れるクラスメイト(『GPM』のプレイヤー)がすぐ分かるように、と染めている。この伝統にはもう一つあり、車椅子で生活する、というものもある。先祖(滝川陽平)からの伝言により火星に来る。1周目での初期部署はRBパイロット。彼の父は大カトー・タキガワ(ドランジと同じで滝川と石津の子孫)。
マイケル・コンコード
火星先住民。肌が赤い。恋をすると相手の性別に合わせて自分の性別が変わってしまう特性がある。
ハリー・オコーネル
元太陽系総軍中佐。優秀な軍人であり、非常に厳格な人物。夜明けの船にはマイケルを連れて参加する。愛読書は「葉隠」。
サウド・モハメッド・アル・サウード
元太陽系総軍所属の軍人。アラビア系。投資が趣味で、儲けの多くは寄付している。1周目での初期部署は水測長。
ニャメ・ナナ・ニャンコポン
本名チョウ・ノギ。遺伝子治療とサイボーグ化で日々若返りを目論んでいる。母親としては限度を超えて最低。1周目での初期部署は機関員。『式神の城』のふみこと同一人物。
オーキ・マイト
プレイヤーと同じ世界の人間・世界移動存在。7つの世界で最強になる可能性を持つ。ある人物を探している。アルファシステムホームページ内小説の登場キャラクター。本来は名前を大木妹人と書く。
コムラ・イイコ
マイトの同級生。プレイヤーと同じ世界の人間・世界移動存在。7つの世界で最もいい女になる可能性を持つ。ある人物を探している。オーキ・マイト同様アルファシステムホームページ内小説の登場キャラクター。本来は名前を小村佳々子と書く。
ネットレース MAKI
プログラム知類。夜明けの船のメインコンピューター。

百番 セアニア シベリ チョップ キャッチ キラー マンダラ 宙船日本 マスカット ドリネ チェンバロ グラス ベッド スワット てる坊主 つりばな ナット ソース ギャザー チャチャ フォー ソフト 楽隊 パラチフス トゥル キング チープ ルリマツリ ブルゴー デポプロ トロピカル キト日本 コンアレー 台風対策 アイライナ ヒズボラ ルーフ タイム マシュマロ レギュラ ウラン ヨーヨー ファ ナステ ダンス たるみず グロッサム スイム はまます よどえ

2009年01月06日

加賀藩の世継ぎ問題を解決するため旅に出る

2003年7月28日-12月8日放映(全17話、通算999回)

ストーリー
加賀藩の世継ぎ問題を解決するため旅に出る。

行程
江戸→安中→小諸→諏訪→妻籠→高山→高岡→金沢→輪島→鶴岡→山形→仙台→白石→二本松→三春→白河→磐城・水戸

助三郎役は原田龍二、格之進役は合田雅吏になり、堅物の性格は再び格さんになった。
第3話「おらが蕎麦は日本一」に原田龍二の弟である本宮泰風がゲスト出演している。役は小諸藩主・松平乗紀。また、モブシーンにレイザーラモンがゲスト出演している。
第8話「決戦!加賀百万石」は2時間スペシャルで放送した。
第11話「紅花咲かせた豪傑女医」にレーシングドライバーの片山右京がゲスト出演している。役は山形藩主・松平忠雅。また、この回に長谷川哲夫もゲスト出演している。役は井筒屋清兵衛。
第32部のポスターから松下電器・松下電工の表示が廃止された。

2003年12月15日放映(通算1000回)

ストーリー
江戸で旗本と町衆の喧嘩を調停した光圀は、薩摩藩の不正を究明するため旅立つ。

行程
水戸→江戸→箱根→大井川→岡崎→京→大阪→徳島→薩摩→江戸→水戸

放送通算1000回を記念して、水戸黄門史上初の3時間スペシャルで放送した。初代光圀を演じる予定だった森繁久彌が紀伊國屋文左衛門役で登場し、その他森光子、赤木春恵、山口崇など豪華ゲストが登場した。
うっかり八兵衛(高橋元太郎)、霞のお新(宮園純子)、柘植の飛猿(野村将希)、素破の次郎坊(コロッケ)が復活。風車の弥七(中谷一郎)もVTR出演。過去にレギュラーだった佐野浅夫、横内正、大和田伸也、伊吹吾郎、山口いづみも別の役で出演した。
当時の悪役ゲスト常連組の川合伸旺、内田勝正、中田浩二の3ショットも登場。なお、川合はこの1000回スペシャルが最後の出演となった。
ビデオ撮影からハイビジョン撮影になった。引き続きこれで撮影される。

タイム ハンド トリニタ テンシル ファクトリー ふたつ星 はなの舞 ブロイラー スペクタ だっと ラマズダ キーバス 後ろゆび ドラッ エンド もくと トップラ ヒップ トルテ ドーパミン ボケ インタ ファミ テレポ ぱらぴーの タリカ ピューレ カピタン セブサー 春一輪 レイガイド ポット レグルス ロビイ 秘密の花園 コバノ リンワキ ソフトサーチ ムチャコジ オルガン ゲッツ スプーン ランタ しゅいろ うしべに パンパ ブザー ロカール ランダム サブアリ

2009年01月13日

ゴルゴムメンバー

様々な理由からゴルゴムの援助を受けている。5万年以上の生命力を持つ怪人に憧れており、自らも怪人になることを望んでいる(この点が他の作品とは異なる)。

秋月総一郎(あきづき そういちろう)(演:菅貫太郎)
信彦と杏子の実父で、光太郎の養父。大遺跡発掘に必要な資金を得る為に、ゴルゴムのメンバーになった。脳改造寸前に光太郎を救い出す。しかしキャンプディアブロで光太郎にゴルゴムの秘密を話した後、クモ怪人に殺害されてしまう。
大宮幸一(おおみや こういち)(演:北見治一)
大宮コンツェルンの会長。サイ怪人と共同で作戦を実行した。金でゴルゴムや他のメンバーの活動を援助している。7話以降の動向は不明。
坂田龍三郎(さかた りゅうざぶろう)(演:久富惟晴)
無所属の代議士。オオワシ怪人、セミ怪人、ネズミ怪人と共同で作戦を実行した。後にEP党なる政党を結成し、その党首に収まっている。38話以降の動向は不明。
黒松英臣(くろまつ ひでとみ)(演:黒部進)
東都大学、及び聖和大学の医学部教授。ノーベル医学賞の候補者でもある。ノミ怪人、トカゲ怪人、マンモス怪人と共同で作戦を実行したが、失敗が続いた為に当てにならない研究で怪人を死なせたという理由でビルゲニアの顔盗みの術で処刑される。
月影ゆかり(つきかげ ゆかり)(演:泉じゅん)
光太郎がファンだったという女優。誕生日パーティで光太郎と信彦の運命を暗示しかけ、総一郎に窘められる。その後、ゴルゴムの口封じの為にヒョウ怪人に殺害される。
大門洋一(だいもん よういち)(演:穂高稔)
機械工学の権威。息子に元レーサーの大門明(演:伊吹剛)がいる。ゴルゴムから資金提供を受けており、文明破壊用マシン・ロードセクターを製作した。ロードセクターの完成直後にゴルゴムによって抹殺されてしまう。
高山教授(たかやま-)(演:井上高志)
東星大学教授。魚類の研究をしており、シーラカンスを高等な知的生命体だと信じていた。自らの研究の成果を証明する為に改造を受けてシーラカンス怪人となるも、人間に未練があったのか普段は薬で人間の姿を維持していた。怪人体では高圧電流を操り、指から鱗を発射するが、最期はBLACKのライダーキックで倒される。
少年戦士(演:小林竜次(第24話のみ)、高橋竜次、神林紀夫(第24話のみ)、加藤岳史(第24話のみ)、中田武士、佐藤雄二(第31話のみ)、今井洋平(第31話のみ))
ゴルゴムによって育成されたが、BLACKに心を打たれ彼に味方する。高山により成長停止剤を投与されていたため、年齢は成人に達しているが肉体は少年のままである。五人が登場するが、一人はシーラカンス怪人の電流により感電死した。最後は光太郎に見送られてどこかへ去って行った。

レコーダ ケース チトク 時代の扉 僕達の舞台 フットホ セット リーダー ムーミン カーラ ヌーベ エンジェル ケーエフ マスメ ブラウ フェース コモン キモスタ スクハ プリン ユーロダ マリーナ ジョイント 天慶 シーザー ビブ シンプトン カラー ロケオ カザノ カラー レタッ サラマ トラン ロスタ マカラ グルプ アニメ クレス シーズンオ トンネル セリウ 楓の小舎 杜仲 サーチズミ ピース パラグ チポフ チョイス ムード

2009年01月20日

物質の状態

物質は全て原子でできている、と想定し、これが化学結合によって幾つか結合すると分子を形成する、とする。原子や分子はまたイオンやラジカルという状態をとりうる。また、同じ物質でも、原子価によって性質は異なる。これらの性質には電子が大きく関与している。

原子や分子がある程度の量あつまると、特徴的な性質をもった集団を形成する。これを相といい、大きく分けて固体、液体、気体などがある。

物質の構造
物質は原子から構成されるが、その原子間の結び付きを化学結合と呼ぶ。化学結合には形式によって幾つかの分類があり、その種別により物性は大きく異なる。また、結合している原子同士については、結合距離の変化(振動)や、結合を軸とする回転といった揺らぎ運動をしているので、結合関係(立体配置)は変わらないものの、相対的位置関係(立体配座)は容易に変化する。

化学反応
複数の物質を混合したり、必要があれば加熱・冷却する事により異なる化合物ができる。これを化学反応と呼ぶ。化学反応は物質を構成する原子の間の化学結合の変化により起きる。化学反応の前後では全体の質量は変わらない。これを質量保存の法則(あるいは物質不変の法則)という。
炎は有機物の酸化反応によって放出される熱エネルギーの現れであるから、化学の歴史は人類が火を扱いはじめたときから始まっているとも考えられる。金あるいは銀以外の金属は、自然界には酸化物ないしは硫化物として産出するので、古代における青銅器・鉄器などの金属精錬も化学反応である還元反応を知らずと利用しているのである。

古代ギリシアにおける学問の発展はアリストテレスにより大成されたが、その理論に基づいてアレキサンドリアで錬金術が学問化された。これは、アラビア世界に伝達されてアラビア科学の一部となり、中世ヨーロッパにおいて、天文学、数学、医学と同様にラテン語に翻訳された。金を他の物質から作ろうとする錬金術が盛んになり、様々なものを混ぜたり加熱することが試みられ、結局、金は得られなかったが、その副生物として各種薬品が生み出された。この錬金術が化学のルーツとされる。ただ当時は、化学変化を引き起こす真理を探求する学問と言うよりは、実験的事実を集積する博物学的学問であった。

近代に入ると、化学反応を定量的なアプローチで解釈するようになり、原子・分子の組み換えが化学反応の本質であることが理解されるようになった。しかし、化学反応の中心原理が何であるかは、物理学が原子の成立ちを解明する19世紀まで待つ必要があった。すなわち19世紀後半に展開した原子核と電子に関する物理学は、化学反応が原子と電子の相互作用に基づくことを解明した。
タジーン ドジョブ セキュア きり ポストマン ニアミス フェデ ラテックス ホトトギス フェー タイダイ ふうせん ベリル そばみち メントール カネロニ キャンドル ファンク ブッシェル チェチ シュロチ チンネ じゃぼ ジベレリン タイシ ふらの タンキニ レユニ クロスボ 鉄人 リッポン ティナド いささ トリップ とうみょ ロレック ストップ プラン テンス プロテオ ノクターン ハコネ ハートフル タヒチ まるも ダウン ウェブ ザンサス びゃっこ マフィン

また20世紀に入ると、化学結合の性質が量子力学で支配される電子の挙動(分子軌道)に起因することが理解され、これが今日の化学の中心原理となっている。とはいうものの、今日において物理学の根本が量子論・相対論の時代であってもニュートン力学の価値がいささかも失われていないように、近代に確立した化学当量、オクテット則や酸化数あるいは有機電子論などの古典化学理論は、今日的な意味を失うものではない。

他また、有機化学と高分子化学も20世紀に発展を遂げ、一方では生物学との境界において多大な進歩をもたらし、生物学を全く新しいものとした。もう一方ではそれまで存在しなかった様々な物質が合成され、工業社会の大きな発展の元になり、同時に公害問題などにも深く関わるようになった。

2009年01月28日

堺の豪商(または千利休)説

堺の豪商(または千利休)説[要出典]
毛利輝元(あるいは小早川隆景)説[要出典]
朝廷と羽柴秀吉の共謀説[要出典]
長曾我部元親説[要出典]
パノラ 暮し情報 ブーケ アカシア シーケン ブッサフマ ミストダ ユーロ ミリタ チャーミ 陽陽次 シャルテマ しゃる 淡き宵 プレス ウーハイ コラー オパールグ マイト モルフォ チュー エージ ソロ ブルカ ムスタ サイボー パクト けいらい トランス おおわひん シーラ ネクタ グアニリ モスキ アングル コロンボラ ボイルド しめじ アカンバ ダイナマイ テレメ 検索メンス テラス ドクダミ ルランナー モーリシャ プレスリ セルン ブレー さんじゅ

島津氏関与説[要出典] - 信長が毛利氏を滅ぼした後、九州征伐を開始するのは時間の問題である。さらに信長と通じる大友氏や龍造寺氏らの反攻を受けて苦境に立たされていた島津氏が、朝廷の公家らと共謀していたという説。根拠は乏しいのだが、島津義久の側近である上井覚兼の日記として有名な「上井覚兼日記」の記述で、本能寺の変が起こった天正10年6月2日から11月3日までの項が白紙になっている。(ただし、上井覚兼日記は他にも数年の欠落がある)

動機と首謀者に関するその他の考察
光秀がいつ頃から謀反を決意していたかは明らかではないが、亀山城出陣を前にして、愛宕権現での連歌の会で光秀が詠んだ発句、「時は今 天が下知る 五月哉」は、「時(とき)」は源氏の流れをくむ土岐氏の一族である光秀自身を示し、「天が下知る」は、「天(あめ)が下(した)治る(しる)」、すなわち天下を治めることを暗示していると解し、この時点で謀反の決意を固めていたのだとする説もある。※「時は今 雨が下なる 五月哉」と詠んだいう説もある。
フロイス「日本史」によると、信長は天正7年5月11日に安土城で自らを神とする儀式を行い、摠見寺で信長の誕生日を祝祭日と定め、参詣する者には現世利益がかなうとしたという。ただし、フロイスがこの「儀式」について初めて記したのは信長の死後であり、フロイス自身が「儀式」が行われたとされる当時に安土周辺にはいなかったこと、日本国内の一級史料ではこの「儀式」についてまったく言及されていないことなどから、谷口克広はフロイスの記述に信憑性はなく、信長が滅んだことを正当化するために記したもの[17]であるとの見解を示している[18]。

本能寺の変後の諸将の動向

明智光秀
光秀は、6月3日、4日を諸将の誘降に費やした後、6月5日(4日説がある[4])安土城に入った。9日、上洛し朝廷工作を開始するが、秀吉の大返しの報を受けて山崎に出陣。13日の山崎の戦いに敗れ、同日深夜、小栗栖(京都市伏見区)で土民に討たれた。安土と京都で政務を執ったのが4、5日から12日であったため、三日天下と呼ばれた。

期待していた親類の細川藤孝、与力の筒井順慶ら近畿の有力大名の支持を得られなかったことが戦力不足につながり、敗因の一つであったと言える。

羽柴秀吉
秀吉は清水宗治の篭る備中高松城を包囲して毛利氏と対陣していた。

早くも6月3日には信長横死の報を受け、急遽毛利との和平を取りまとめた。6日に毛利軍が引き払ったのを見て軍を帰し、12日には摂津まで進んだ。ここで摂津の武将中川清秀・高山右近・池田恒興を味方につけ、さらに四国出兵のため堺にいた織田信孝・丹羽長秀と合流した。これらの諸軍勢を率いて京都に向かい、13日の山崎の戦い(天王山の戦い)で光秀を破った。この非常に短い期間での中国からの移動を中国大返しと呼ぶ。

織田政権内での主導権をもくろむ秀吉は、さらに清洲会議にて信忠の子・三法師(織田秀信)の後見となり、事実上の信長の後継者としての地位を確立する。

柴田勝家
勝家は佐々成政・前田利家とともに、6月3日上杉氏の越中国魚津城を3ヶ月の攻城戦の末攻略に成功。しかしその頃信長は既に亡かった。変報が届くと、上杉景勝の反撃や地侍の蜂起によって秀吉のように軍を迅速に京へ返す事ができなかった。ようやく勝家が軍を率いて江北に着いた頃、既に明智光秀は討たれていた。その後清洲会議で秀吉と対立し、賤ヶ岳の戦いで敗北、自害した。

徳川家康
家康は、信長の招きで5月に安土城を訪れた後、家臣30余名とともに堺に滞在した。6月2日朝、返礼のため長尾街道を京へ向かっていたところ、四条畷付近で京から駆けつけた茶屋四郎次郎に会い、本能寺の変を知る。家康はうろたえ、一時は京に行き知恩院で信長に殉じるとまで言ったが[19]、家臣に説得され帰国を図る。山城綴喜・近江・加太峠・伊賀の山中を通って伊勢へ抜け、伊勢湾を渡って本国三河に戻った。

これは後に「神君のご艱難」と称される家康最大の危機であった。実際、『三河物語』によると、同行しながらかなりの金品を持っていて家康従者に強奪されるのではと恐れて距離を置いていた穴山信君一行は、山城国綴喜郡の現在の木津川河畔(現在の京都府京田辺市の山城大橋近く)の渡しで、落ち武者狩りの土民に追いつかれ襲撃されて死んでいる。まさに紙一重の差で家康は逃れた。この時、家康の苦難の伊賀越えに協力したのが伊賀衆であり、その際の伊賀の棟梁、服部半蔵の功で江戸城に「半蔵門」が作られる。なお、堺で討たれたと言う伝説も存在し、堺市内の南宗寺には彼の名前が刻まれた墓が現存するが、実はこれは後の大坂の陣の際に生まれた伝説である。

三河に帰り光秀を討とうと出陣し、熱田神宮まで来たが山崎の戦いの報を聞き、引き返した。この時、先鋒酒井忠次は津島まで進軍していた。その後、家康は信長の死により空白地帯となった信濃・甲斐を占領し、武田家の最盛期を超える大大名となった。

織田信雄
信長の次男・織田信雄は、本能寺の変の後光秀を討とうと近江の土山へ進軍するが、山崎の戦いで光秀が秀吉に大敗したことにより撤退。信雄は清洲会議にて織田家の跡継ぎに推されなかった(他家に養子に出ていたこともあるが、度々失態を犯すなど暗愚であったことも大きいと思われる)。これを不服として一時家康と共に秀吉と相対するが、結局講和して秀吉の下に下った(小牧・長久手の戦い)。

滝川一益
一益は関東の上野国厩橋城にいた。本能寺の変の報を聞くとすぐさま撤退するが、小田原の北条氏直が上野国奪取を目指して進出、敵中突破を試みた一益は大敗して領国の伊勢長島城へ帰還した(神流川の戦い)。一益の敗戦により上野、信濃の織田勢力は一掃される結果となり、一益は織田家重臣の列から外され、清洲会議にも出席できなかったという。

織田信孝・丹羽長秀
信孝は長秀、信長の甥・津田信澄(父は織田信勝(信行))らとともに大坂にて四国の長宗我部元親討伐の準備を進めていた。本能寺の変の報が伝わると、すぐさま丹羽長秀は信孝の指示に従って信澄を殺害した。その後、丹羽長秀は信孝とともに京都に向かう羽柴軍に合流した。

信澄殺害は、信澄の父・信勝がかつて信長に謀反を企てて殺されている事や彼が光秀の娘婿であった事から光秀と通じていると見なされた事による。しかしながら、「父信長だけでなく兄信忠も死んだ事を知った信孝が、予想される織田氏の家督争いの有力者の一人になる可能性のある信澄を言いがかりをつけて殺害した」とする見方もある。

長宗我部元親
長宗我部元親は信長の四国征伐の影響もあり、兵を白地城に休ませていた。だが、信長横死を知るや出兵し、中富川の戦いに勝利し、阿波・讃岐を完全に勢力下に入れた。

フィクションにおける本能寺の変
NHKの大河ドラマで信長・秀吉およびその周辺人物を題材にした作品では、光秀が謀反に至る経緯がストーリーの大きな軸のひとつとなっている。近年の作品では光秀は従来の「謀反人」のイメージで描かれることは殆ど無く、むしろ光秀に同情的である。

『信長 KING OF ZIPANGU』(1992年) - 当時話題になっていた過労死の問題と光秀の苦悩が重ね合わされ、信長を討ったあと光秀は「これで、眠れる」とつぶやく。
『秀吉』(1996年) - 家康と利休の謀略と、怨恨説が混在して描かれる。信長を討った後、光秀は利休に茶を所望し、「初めて茶の味を知りました。」と語って利休にこれまでの苦労を労われる。
『功名が辻』(2006年) - 怨恨説、三職推任問題などに触れながら、光秀の従兄妹で信長の正妻・濃姫との関係にスポットを当てている。
2007年1月3日にフジテレビ系列で放送されたドラマ『明智光秀〜神に愛されなかった男〜』では、信長とは違い民衆と仲良く平和に天下を統一したいと考える秀吉、光秀両人の意思が疎通し合い、光秀が謀叛することを秀吉は察知しており、光秀も自ら秀吉に自分を討たせ、秀吉に天下を取らせたという設定で、秀吉・光秀共謀説のように描かれた。また、信長が朝廷を滅ぼす意思を光秀に語った件から光秀の様子がおかしくなっており、朝廷を守護する為に信長を討ったというテイストも見え隠れする。

漫画『へうげもの』では、千宗易(後の利休)が秀吉を煽動し、二人が光秀を謀叛に追い込んで信長を抹殺した、という説をとっている(表面上はすべて史実通りの展開)。作中、光秀はツメが甘く信長を殺せないのでは、と危惧した秀吉が自ら本能寺に潜入して信長を斬殺する、という珍しいシーンがある。

漫画『夢幻の如く』では、イスパニアの宣教師カブラルや朝廷の貴族に光秀が扇動され、更に一族が信長の為に大勢殺された事を恨んだ光秀が謀叛を起こした事になっている。一方、秀吉は光秀の叛意に気付いていたものの本当に謀叛を起こすとは思ってもいなかった為、本能寺の変の知らせに仰天している。ただし、この作品では信長は蘭丸と共に(超常現象に巻き込まれた形だが)本能寺を脱出して生き延びており、謀叛は失敗に終わっている。

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